「お母さんにだけは言われたくないっ!」
思春期の妹が叫んだことがあった。
三姉妹の末っ子である妹は、姉2人から「ぶーこ」と呼ばれていた。
…ぽっちゃりな妹を、自分もぽっちゃりなくせに「ぶーこ」と呼んでいた中間子が、今、これを書いている…
ずっと「ぶーこ」で通っていた妹が、たった一度、何かの弾みで母がそう呼んだ時に、激しい口調で怒ったのだ。
…ひどい姉2人は、そこで初めて、妹が本当は嫌がっていたことに気付き、謝って、名前で呼ぶようになった…
【ひどい姉たちの話は、ちょっとひとまず横に置かせていただいて🙏話を進める】
「誰が」それを言うのかは大きな問題だ。
電車で、隣の席のおじさんに下着の色を聞かれたら、卒倒しそうなほど気持ち悪い。
がしかし、
福山雅治に聞かれたら
「ピンクです」
と即答するのではないかと思う。
頬を赤らめるのは、
怒りなのか、嬉し恥ずかしなのか
出どころは真逆だ。
その言葉を発したのが、
姉であるか母であるか
知らないおじさんなのか憧れの人なのか
同僚であるか上司であるか
立場の違いも重要だが、
その人の在り方も、
とても大きな影響を与える。
「あの人に言われたら、うなづくしかない」
普段の在り方で、
そんな説得力のある人がいる。
笑える冗談か
受け入れられる指導か
そもそも耳を傾けたくなる話か
ときに、言葉そのものよりも、その人の在り方が、相手に強い影響を与えることがある。
激動の時代を生きる私たち。
ベストな手段は、日々変化する。
手段ではなく、在り方で人をインスパイアできる人間になろう。
なんて、大きく出てみた😅
それよりも
妹よ、ごめんなさい。
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