「冬休みが始まって、途端に自分時間がなくなった」
小学生のお子さんを持つママが言った。
こういうとき
あぁ
私は一番大変な育児期を脱したのだな
と思う。
エスカレーター式の私立に通う高3の長女は1ヶ月も前から、次女も5日前から冬休みに入った。
けれど、私の生活は普段とほとんど変わらない。
どちらかというと、長女に駅まで送ってもらえる機会が多くて楽チンなくらいだ。
遠い記憶になりつつあったが、
私にとっても
3人の子供たちが幼稚園児の頃は、長期休暇は頑張らなくてはならない期間だった。
1日3回、
料理して
配膳して
一緒に食べて
食べこぼしの処理をして
洗い物をして。
公園に付き合って
部屋での遊びのリクエストに応えて
姉弟のもめごとの仲裁に入って。
末っ子の授乳をしながら
掃除洗濯もする。
習い事にだって、連れて行く。
お風呂にも入れる。
寝かしつけもする。
…書き出してみると、私ってすんごい仕事をしていたんだな。
涙が出そう
なんて頑張ってきたんだ。
こんなこと、今の私にできるだろうか…
けれど、当時は、それがすごいことだとは思っていなかった。
むしろ、完璧にできない自分を責めていた。
一日中散らかった部屋
導火線が短く、すぐにイライラする
子供のことを「うっとうしい」とさえ思ってしまう
そんな自分を責めていた。
末っ子が幼稚園児の頃だろうか、
「お母さん、笑って。ほら、こうやって、にこーーって。」
と頻繁に言われた。
いつもしかめっ面をして、独りよがりに頑張っていたのだ。
あの頃の私を「よしよし」してから、叱り飛ばしてやりたい。
私と同じように疲弊しているママが多かったのだけれど、
1人だけ、子供の長期休暇をとても楽しみにしているママがいた。
「どこに遊びに行こうかワクワクする✨」
と、本当に嬉しそうに、遠足前日の子供のような笑顔を見せていた。
え?子供の休みって、大変なものじゃないの?
ちょっとしたカルチャーショックだった。
子供が家にいる=大変
というのが、私の頭の中にあった動かざる公式。
え? 違っても、いいの?
大げさに聞こえるかもしれないが、アイデンティティクライシスが起きた。
「子供たちがいることを楽しむ」という新しい価値観は、私の日々を一変させた。
脳というのは、実に面白い。
自分がフォーカスしたものだけを集めてくる。
脳は、入ってくる全ての情報を処理するとパンクしてしまうので、自分に必要だと認識しているもの以外は切り捨てるRASという機能を持っている。
私は「子供がいる長期休暇は楽しい」という概念を持ち合わせず、「大変」の方にばかりフォーカスしていたので、大変な事象ばかりが目が入っていたのだ。
あれも大変
これも大変
あーーまたこんな大変なことをやらかすっ💦
から、
翌日を気にせずに、子供たちと
夜遅くまででも
遠くへでも
ちょっと無理してでも
遊べる❤️
に意識が向いた日々の、リラックスして楽しいことと言ったらなかった!!
ママ自身を満たす
という、いわゆるシャンパンタワーの法則も大切。
でも、そこはいくらでも強欲になれるわけで、グラスが大きければいくら注いでも溢れないし、何をどう注げばいいのかわからない人も多い。
自分を満たすこともしつつ、新しい概念を取り入れることにもチャレンジしてみて欲しい。
子供たちが巣立ちつつある今、
ガチャガチャとやかましく子供たちがまとわりついてきた日々は、涙が出そうになる程、愛おしい宝物になっている。
どうぞ、貴重な期間を楽しんでくださいね。
楽しむ、という意識を持った途端に、世界が変わるから。
どうか、幸せなママでいてね。
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