「そんなに稼ぐ必要ないやん」
と、夫に言われた。
断っておくが、私はそんなに高額を”稼いでいる”訳ではない。
そもそも、稼ぐという言葉に、違和感💧
ネットの辞書によると、稼ぐという言葉の意味は
「生計を立てるために一生懸命に働く」
「働いてお金を得る」
である。
確かに、今の私に
生計を立てるために一生懸命に働く必要は、ないのかもしれない。
もしかすると、働いてお金を得ることも、必要ないのかもしれない。
とても有難いことだ。
けれど、夫が
「なんでそこに仕事を入れんねん」
と渋い顔をしたその日その時間に
私は仕事がしたい。
夫にとっての仕事と
私にとっての仕事は
どうやら別のもののようだ。
私にとって仕事は
誰かの役に立つことであり、
自分の才能を表現する場だ。
子供達が大きくなり、
それぞれで楽しむこともできるようになった今
いやむしろ
ひとりの時間も大切になり
自立に向けて経験しておくべきことも増えてきた今
私がいないことのメリットも大きいのではないかと思う。
・・・というのは、
主婦業をサボろうとする私の都合の良い解釈だろうか💦
話を戻すと
夫にとって仕事とは、家族を養うためのもののようだ。
「当たり前だ!」
と怒り気味に言われることが想像に易いくらい
彼は真摯に仕事に向き合っているし
稼ぐために心身を酷使している(ように見える時もある)。
世の中の働く人の大半は、そうなのだろうと思う。
もちろん、お金は大切だし必要だ。
うちは、お金がなくても生きていける仕組みづくりなど、まったくできていない。
けれど、もし、
早期リタイアを夢見たり
「あと少しの辛抱だ」などと思いながらではなく、
ずっとやり続けたい
と思えるような仕事ができたら、
どれだけ幸せだろうか。
ひょっとすると
場を変えてみると、良いのかもしれない
意識を変えるだけで、良いのかもしれない
「それができれば苦労はしない」
なんてあっさり言ってしまわないで、
少し発想を変えてみれば、
案外現実は、変わっていくのかもしれない。
今は「早期引退後は、ゴルフ三昧だ」などと言っている夫だけれど、
毎日遊ぶだけでは、早々に飽きてしまうだろう。
手にしてきた豊かな経験を後世に譲り渡す。
なんらかの形で、そんなことをしていけたら良いなと思う。
私は、なにを残せるのだろうか。
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