
子供のスポーツを通して、
私は自分の至らなさを
嫌というほど感じてきた。
そのひとつにして、
最大とも言える課題が
”GOOD LOSERである”
ということだ。
”良き敗者である”
ということは、
ジュニアスポーツ界において、
選手本人よりも、
親にこそ突きつけられる
課題のような氣がする。
負けた我が子を怒鳴りつける親
(陰で)相手選手をなじる親
(陰で)審判に不平をいう親
を、たくさん見てきた。
私もその1人だ。
まだ小学生だった我が子が、
・メンタルの弱さで負ける
・負けても反省していない(ように見える)
などすると、腹を立てた。
私がどれほどの犠牲を払ってサポートしてると思ってるんだ、、、
情けないことに、
自分で自分を幸せにすることを放棄して、
子供にその役をさせようとしていた。
その時の怒りの激しさと言ったらなかった。私のどこにこんなに怒りのエネルギーがあったのかと思うくらいに腹を立てた。
今思えば、自分がやりたいことをやっていないから子供に嫉妬していたのだ。
自分の願いを叶えてくれない自分に対する怒りは、とてつもなく大きく、私はそれを、無自覚に子供に向けていた。
「まだ小学生の選手が、
どんなに辛い状況でも逃げずに
最後まで1人でコートに立っている。
それだけですごいこと」
とコーチに言われても、
我が子の不甲斐なさに腹を立てたり、
うまくいっている選手への
嫉妬を抑えるのは、難しかった。
そんな私が大きく変われたきっかけ
それは「意識が現実を作る」
という学びの中にあった。
この世はワンネス
すべて繋がっている
私はあの人 あの人は私
目の前の人が成功を収めたとき
”あれは私だ 次は私の番だ”
と、心から祝福すると良い
ここだけ書くと突拍子もないが、
とにかく私はこれを信じた。
”次は私の番だ。
私にこれから起きることを
見せてくれてありがとう”
と思うと、
「おめでとう」と心から言えた。
本当に次は私の番なのかは
わからなかったけれど、
素直におめでとうと言える
自分に満足した。
嫉妬しない自分が嬉しかった。
そうこうしている内に、
私は私のやりたいことを見つけ、
それに夢中になり、
子供の勝敗にあまり左右されなくなった。
もちろん、
悔し涙を流す我が子を見ると感情は動くが、
それは
「頑張れ!大丈夫!もっと強くなれる!」
と心の中でエールを送る熱さに変換された。
GOOD LOSERであれ
先日、
『これからのスポーツ教育とその在り方』
という講座の中で、
この言葉を耳にした。
自分のミスや周りの状況を責めても、
落ち込んでしまい、
立ち上がるのに時間がかかるだけ。
自分よりも相手の成功の数が上回ったのだ
と、すぐさま相手を讃え、
相手の良かったところに目を向ける。
そうすると、
座り込んでいる暇などなくなる。
なるほど日本人の思考癖として
”できなかったこと” に目を向けがちだが、
自分を攻めながら
歯を食いしばって戦うのは、
スポーツの語源である
「楽しむ」「遊ぶ」「気晴らし」
という姿勢から、かけ離れてしまう。
前述の「意識が現実を作る」とは
違う角度からの理由であったが、
この言葉が私の心に響いた。
よし、私もGOOD LOSERであろう。
と思った翌日、
娘が早速(T ^ T)負けてきた。
完全に勝てる
と思っていた相手に対する負けだった。
「相手のどこが良かったの?」
GOOD LOSER気取りの私の問いかけに
「相手は別に良くなかった。
単に私のミスが多すぎただけ。」
と娘の返事。。。
そりゃそうだ。
今まで
”自分のダメなところをしっかり見つめて、
次に活かしていこう!”
と考え、発言していた私が、
急に言葉を変えたところで、
娘の思考はすぐには変わらない。
自分を責めながら頑張ることも、
短期的には効果があると思う。
実際、
私はそうやって40年以上生きてきた。
でも、それは息苦しさを伴う。
反省することはもちろん大切だが、
自分のマイナスよりも
相手の良いところに目を向けると、
エネルギーは
”自分を苦しめること” にではなく
”チャレンジ意欲” に使われ、
もっと前向きに
力を発揮できるのではないか。
神棚に向かって
しばらく正座をしていた娘は、
「はい!もーーー反省したっっ!!!」
と言って、持ち帰ったお弁当を
ムシャムシャ食べ始めた。
逞しい。
やはり、私にできることなど、
そんなに多くはない。
ただ、いつもご機嫌でいること
母親にとって一番大切なのは、
そんなことだと、思う。
この記事へのコメントはありません。