私の人生のターニングポイントと言えるできごとは、今のところふたつ。
ひとつめは結婚。
実は、結婚した途端、
心身共になんとなくの不調が続くようになった💧
夫源病という言葉が流行り、自分もそれかと思うほど夫には不満を抱えていた。
子供が生まれてからは、更に何もかもが思い通りにならず、苛立ちを募らせた。
当時は、悲劇のヒロインに浸っていた。
新築の立派な家に健康な3人の子供達と暮らしていながら、私はたまらなく不幸だと思っていた。
洗濯物を畳みながら、夕陽を見上げてハラハラと涙を流すことも、よくあった。
何がそんなに不幸だったのだろうか。。
今となっては、忘却の彼方になりつつあるが、当時は本当に毎日不満ばかりで
夫に「私は不幸だ」と何度も訴えた。
そのたびに夫からは「そうなん?俺は幸せやけど」という言葉が返ってきた。
国語辞典の”よりそう”のページを破って、夫の財布に入れておけば、少しは違う言葉が聞けただろうか…
当時はそんなことを考えてニヤリとする余裕すらなかった。
夫のことはさておき
子供達が思い通りにならないことには参った。
良い母親でありたいのに
欲しくてたまらなかった子供を授かったのに
私にも母性があるはずなのに
母の愛は海よりも深くて無条件なはずなのに!
私が理想の母親でいることができないのは、優しくない夫と言うことを聞かない子供たちのせいだ…
夫や子供達を変えようと、いろんな学びに手を出した。
その結果、
自分こそがこの世界を作っていて
世界を変えることができるのは私だけで
すべては、自分次第なのだと知った。
たくさんの方に、考え方や心の在り方を教えていただいて、ようやく今の私がいる。
ふたつめの人生のターニングポイントが、
四柱推命鑑定で
私と夫は、別の人間
だと教えてもらったことだった。
この、当たり前を、私はちゃんと知らずに生きていた。私の正解は、誰にとっても正解だと思っていた。
夫には夫の・私には私の
子供に対する別の役割がある、と教わり、まさに頭を殴られたような衝撃を受けた。
それまでの私は「夫はせっかく頑張っている子供達の邪魔ばかりする」と腹を立てていた。
頑張ることが人生の喜びと思ってきた私は、鑑定士さんいわく「人生の楽しみ方を教える」という夫の役割に、全く価値を感じられなかったのだ。
でも、
私だけに育てられたら、子供達は窮屈で仕方がなかった。
頑張ることは、楽しむことよりも評価されやすい。
子供達は、母親のやり方に反抗することはできなかった。
幸せとは、心で感じるものだ。
モノがあれば幸せなわけでも、モノがなければ不幸なわけでもない。
幸せになるには、それを感じることのできる器が必要で
その器さえあれば、人はいくらでも幸せになれる。
逆に器がなければ、いくらでも不幸になれることは、私が実体験済みだ💧
病気をしたら、健康のありがたさが身に沁みるように
日々の暮らしに、当たり前なんてひとつもないことに気が付けば、それだけでいい。
私たちは、今すぐ幸せになれる。
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