
「夫が非協力的だから、こんなに大変」
「母親だから、ちゃんとしなくちゃいけない」
「お金は大切だから、有益なことにしか使っちゃいけない」
かつて私は、鎖を自慢しまくっていた。
当時の私は、
夫の奴隷であり
良い母親という世間体の奴隷であり
お金の奴隷であった。
そして、
その鎖がいかに強力かを
”自慢”していた。
・・・お分かりのように、
当時の私に
そんなつもりは、全くない。
自分はとても大変で
不幸で
頑張っている
ただ、そのことを誰かに労って欲しかった
だけだ。
(これだけで十分病んでいるが( ̄∀ ̄))
”鎖を自慢している”
など、当時の私が聞いたら
私の大変さなんてあなたにはわからない
あなたは恵まれているから
そんな風に言えるのよ
ふんっ
と、聞く耳を持たなかったか、
全く意味がわからなかったと思う。
奴隷になりたい人など
いないはずなのに、
なぜ
そこに居続けるのだろうか。
行動を起こすとき
人は必ず、
そこにメリットを感じている。
では、
奴隷であることのメリットは、何か。
奴隷でいる限り、
あなたは、
自分で決断しなくて良い。
判断はいつも、あなたを縛る何者かがやってくれる。
そしてあなたは、間違えた判断に対しては、
何者かを非難すれば良い。
自分は可哀想な被害者でいられる。
他者を責めているとき、
できない理由を訴えているとき、
自分は鎖を自慢しているのではないだろうか
と、自分に問いかけたい。
鎖に繋がれていることにすら気づいていないんですよね。。
私の場合、繋がれてるというより、自ら繋がっていたんだと思います。
そして、不幸だと騒ぐ自作自演。。。