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子供を安心させなければ、と思った。
「大丈夫、大丈夫だからね」
繰り返し、勇気づけようとした。
毎月、神社の滝禊に参加させていただいている。
夜の鎮まりかえった境内
ご祈祷を受けた後
はちまきを締め
男性は白のふんどし、女性は白の水衣に着替えての、滝行。
修行であるため、私語は厳禁。
お滝までの石段には、蝋燭とかがり火。
あたりは真っ暗で、明かりの灯った本殿や暗闇に浮かぶ木々は、影絵のようだ。
初めて参加した時は、異世界に紛れ込んだような気がした。
この滝禊に、7歳だった娘と参加させてもらったことがあった。
宮司さんのお話とご祈祷の間に寝てしまった、幼い我が子。
5月の夜は、真冬の厳寒とは違うものの、やはり寝ると寒いのではないだろうか。。
いよいよだ。
緊張感に包まれる中、皆、黙々と素早く、水衣に着替えている。
”寝ぼけ眼の娘を安心させなければ”
そう思い、
「大丈夫だよ、大丈夫だからね。」
私は優しく、温かい声をかけた
つもりだった。
娘は、周りを見て倣ったのだろう
練習していた通り
作法に則って、無事滝行をさせていただけた。
あぁ、よかった。
母として、
大仕事を成し遂げたような気持ちで安堵し、
子供に貴重な経験をさせてあげられたと、嬉しかった。
ところが、後日、注意を受けた。
「あんなに大丈夫、大丈夫と言ったら、子供が不安になるよ。」
と。
「不安がっていなかったのに、あんなふうに言われたら、大丈夫じゃないことがあるのかと不安になるでしょ。」
頭を殴られたような衝撃を受けた。
振り返ってみると
私は、確かに、子供を安心させなければと思っていたが、
それは
ちゃんと滝禊を受けさせなければならない
周りに迷惑をかけたくない
ダメな母親だと思われたくない
という気持ちからだった。
娘の顔など、本当は見ていなかったのだと思う。
「お母さんは心配だわ」
「ちゃんと、できる?」
そんな言葉だけでなく、
「大丈夫よ」
という言葉も、使い方によっては、相手を不安にさせてしまう。
使い方というより、発信者の心の在り方なのだろう。
「子供には、のびのびと育ってほしい」
口ではそう言いながら、子供たちに枠をつくるような言葉かけをたくさんしてしまったな。
あれから5年。
少しは、口数の少ない母親になれただろうか。
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