「私は運動センスの塊」
「私も運動センスはめっちゃあるねん。ただ、努力する才能がないだけ。」
・・・高校生と中学生の娘が言い合っていた。
なんという自己肯定感の高さ✨
(ちなみに次女は、幼い頃から「可愛い」と私に言われすぎて、
あるときから「知ってる」と返事をするようになった😂)
「調子に乗らんと、自動車自転車注意して行きなさいよ。」
大好きだった父から、毎朝言われた見送りの言葉。
それが私の足に鎖をつける言葉だったとは全く気がつかず、
(自転車にまで気をつけるんかぃっ笑)
と、”石橋を叩いて…渡らない”ほど慎重な父の心配性に苦笑していた良い思い出として、心に刻んでいた。
ところが、
私は事あるごとに、
(調子に乗ったのではないか、誰かに責められるのではないか)
と怯えることが多かった。
いつも「また調子に乗ってしまった」と自分を責めていることに気がついたとき、父のセリフが蘇り、こんな些細な言葉が、子供の心を檻に閉じ込めるのかと驚いた。
”無自覚に”自分に禁じていることは、人にも「ダメ」と言いたくなる。
かつて、
子供に無性に腹が立ったとき、私は心の中で
「調子に乗るな!!!」
と叫んでいた。
父の言葉に縛られる必要はない
「あなたはもっと調子に乗っていい」
と言われたとき、
嬉しさと怖さが入り混じった、なんとも言えない気持ちになった。
”子供たちには、自分を信じてどこまでもチャレンジして欲しい”
そのためには
調子に乗れる子であっていいのだ。
子供たちが、調子に乗った発言をするとき
私は嬉しくてニヤニヤする。
空にいる父に向かって、
「うちの子たち、すごいでしょ」
と心の中で、言いながら。
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